精神分裂についての省察とサトラップ


いきなりなんだ?って感じですけど、僕は精神分裂に近いタイプの人間です。
というかカメレオンなんです。その場その場で周りからの印象がまったく異なります。というか自分で意識しているのかもしれません。
勉強の場ではいい子ぶるある意味「いやぁーなやつ」だったり、スポーツや勝負事の場では「負けず嫌い」なやつで、そういう意味ではサークルだけは唯一気を抜いている場所なんですけどね。
でもなんだか気を抜きすぎたなって最近は反省するわけで、だからしばしば「演じるのをやめにしたい」って言ってるんだけど


まぁそんな僕は、現実の世界の境界がたまにわからなくなります。生と死とか夢と現(うつつ)とか、そういった境界って実はないんじゃないかって思う時がある。
たとえばね、さっき風呂に入ったとき、胸の下にものすごい傷があったの。この傷は俺がつけた記憶がないから、寝ている間にもしや自分の第二人格が俺が「夢」と呼んでるまぎれもなくひとつの立派な「現」の世界でつけてきた傷なのではないかとか、もしくはパラレルワールドでは剣士か何かで、相手につけられたのではないかとか。


そういうことってない?


もしかしたらたった今現実だと思ってる世界自体がむしろ逆で夢だとか
死んで、次に目覚めると次の次元の世界が待ってるとか


そういうことを考えてると、何もかもを信じられなくなってこない?どうかな?



正直に言うと、一ヶ月に一回位は、全人類を疑う。
家族も恋人も友達も学校の先生も何もかも実はロボットで、実は人間なんかじゃなくって、単に俺を試すための装置なの。俺は空間という名のケースに収められた、神様にとってのペットか何かで、この空間内では生身の人間は唯一俺だけで。もしくは常にどこかから監視されるそういうシステムなの。
そう考えると、自分が実際見てないものなどますます信じられない。イラクでテロが起きてるとかうそなんだと思う。もしかしたらアメリカなんて国は存在しないのかもしれない。情報が俺にあると信じ込ませているだけで、実際には存在しないのかもしれない。
たとえ飛行機でアメリカの土を踏んでも俺は信用しない。飛行機という場面変更の場でステージをこっそり入れ替えてるだけだと思う。
俺は何にも信じない。
信じられるのは自分だけだね。

いつ俺が「本物の」世界にたどり着くかはわからない。
それは死んだときかもしれない。
またこういう考えをすると、俺の死=世界の終わりを意味することになる。
すると、俺の喜び=世界の喜びになってきたりと、まさに自己中心的な考えを形成する土壌となるわけで。


どうして俺がこういう考えに染まったのかというと、世の中が本当に、俺の言うとおりなのかもしれないってことと、あとは実は本当に信用できる人間に出会ったことがないからなんだと思う。
逆に俺のことを信用してる人がいるのかという問いに対してぜんぜん自信がないもんね。
今、身の回りに、本当に全部を信じられる人がいません。
信じるってなんですか?

今の自分が出せる回答として、信じることって嘘か、もしくはむなしい行為なんだと思う。
ジョンレノンの言うとおり、Nothing is realなんだよなきっと。
Realなことなんて何にもありゃしないんだこの世界には。だからこそ多くの奇跡が起こったりして、たとえば生命が誕生したわけだけど、生命だって「生き物」とは限らないんだな、俺に言わせて見れば。



間違っているかい?絶対的に間違っているのかい?
間違ってるって指摘されても、正直言って信用しないよ。だって君は俺と同じ「人間」なんかじゃなくて、サトラップだろ?神の目、神の耳だろ?

じゃあ俺はいったいこの世界で何に頼ったらいいんだい。



何もないんだよな。




だからこそ、人生は独りよがりじゃないといけない。


ああ、勘違いしないでくれ、人生って言うのはあなたがたの生き様のことじゃない。あなたがたはそもそも「生き物」ではない。そのことを実感してほしい。生きているのは世界に俺だけなんだ。あとはみんなロボットか何かだ。はっきりいってパソコンとかとなんら変わりはない。
あなたがたは毎日決まった法則にのっとって動いている。一日におおよそ三回燃料を補給して、俺にやさしい、しかし人間的ではない言葉をかけたり、俺に困難を与えたりする。


もう一度言うがあなた方は人間なんかじゃない。そのことを強く自覚してほしい。




ってもういい加減にしようねw
いいよ、あなたがたが人間じゃなくても。たとえこの世界に人間が俺一人でもいいよ。
信じることがばからしくったっていいよ。
仮にあなたがたが人間じゃないとしても、それはあなたがたの責任じゃない、むしろ唯一の人間たる俺がいけないんだ。
その仮定を取り除いても、要は、人と違った世界の中に閉じこもった俺がいけないんだ。



何も信じられないことは非常にむなしい。信じられるものがほしい。



長い日記は悩みの証拠、ととある人に指摘されました。
やめましょうw
サトラップはどこかで俺を監視している。



ただ、こういう自分なりの哲学観は、大事にしたいんだ。あってるかあってないかじゃなくって。